イライラはなくならなかった。代わりに・・・

あけましておめでとう。

昨年は、私としてはあまり
変わることのないものに
フォーカスする年だった
気がする。

そして、新年明けて、
今朝からイライラを
おっことした私笑

これには理由があって。

もうね、ふか〜いふか〜い
理由があって笑

そのことについて
ここでは書くことにする。

イライラさよならって言っちゃったから起こったイライラ

昨年の振り返りセッションの中で
実は「こういうことを止める」と
宣言していたことがあるのだ。

ここでは触れていないけれ
昨年は出産という大きな
プライベートイベントがあり
その中で、家族の関わりも
大きく変わった。

大きくというのは
おそらく、私が妥協する部分や
息子が我慢する部分や
長女が我慢する部分があったこと。

そして何より、
旦那さんがリモートワークで
ずっと家にいる生活になったこと。

そんな変化がある中で、
息子への風当たりが
あまりにも大きくなったと思ったので
私がイライラとサヨナラすることを
決めたのだった。

ここから約半月たった今、
私は思うことがある。

この半月間
心にフォーカスする機会が
ぐんと大きく増えた。

心にフォーカスして
怒らずにいるにはどうしたらいいんだろう?と
常に考えていた気がする。

その変遷は、ここに書いた。

ここでは、やめたいのに
やめられない私の
ジレンマがずっと
綴られている。

そう、やめたいのに
やめられない。

これがストレス以外の
何者でもないんだ。

で、結局気づいたこと。

それはイライラをやめれた!って
書いたのに
やめられてない自分にイライラしてたってこと笑

あ〜言っちゃったのに
できてないや・・・

そんな自分を責めてる笑

あ〜ばっかだよね〜

自分でイライラする
原因を作っているんだから。

イライラしてもいい

そして、結局たどり着いた
今朝の考え方。

「ずっとイライラしているわけじゃないんだから。」

そうだ。

いつも、いつでも
イライラしているわけではない。

そうだ。

何度でも言おう。

いつも、いつでも
イライラしているわけではない。

抱きしめる機会がたくさんある。

一緒に遊ぶ機会がたくさんある。

だから、今
イライラしていたとしても
それをリセットして
またそこから
気持ちいい時間を過ごせばいいのだ。

だから昨年思っていたこととは
違うことを思っている。

「イライラしてもいい」
「すぐにリセットしよう」

そんな感じだ。

そう、イライラしていいんだ。

イライラし続けるのがよくない

私、人間だし、女性だからね。

だから、イライラしないなんて
できないんだって思う。

子どもたち見てても思うもの。

自分の思い通りに行かないと
怒るものね。

そう、それが自然な流れなのよ。

大人だからって
イライラしちゃいけないなんて
絶対ないんだよ。

イライラさせられる出来事なんて
ずっとずっとつきまとうさ。

だから、私はもう言わない。

「イライラをなくそう」なんて。

イライラしないなんて
私の中ではできないことだから。

だから、「頑張らない」ようにする。

というより
「イライラする」ことを認めて
その後を引きずらない。

さっと切り替えて行くことに
変更する。

そのほうが
健全だと私は思えた。

まあ、最初から
イライラしないことも
大事なんだけども。

でも、それをずっと続けることが
私には苦痛だから。

だから、私にはこう言おう。

「怒っていいよ。」

「気持ちが落ち着いたら
子どもたちを抱きしめて
楽しく過ごそうね。」

そう、これでいいんだ。

まとめ

子育てしていると
人を育てているのだから
人格と人格がぶつかり合うことがある。

そのぶつかり合う
もの同士が
うまく噛み合わないと
イライラするし
怒りをぶつける以外に
終わらせる術を
ほとんど持ち合わせていないんだ。

特に「待つ」ができないから。

私は「待つ」ができないから。

要するに、穏やかな時間と
そうでない時間にギャップがあるから。

だから、イライラしてしまうんだ。

「待つ」ができるときは
とことんやったらいいと思う。

でも、できない時には
頑張らなくていいと思う。

例えば生理前で
どうしてもホルモンバランスが
崩れる時とか。

それさえも受け入れて
「今はそういう時だから」
と処理していくのが
いいのではないかと
私は思っている。

とかくいう、
そろそろ生理前な訳よ。

リズムがある私だからこそ
できることもあるわけだ。

だから、それを丸ごと
受け入れよう。

周りになんと言われてもいい。

私は私だから。

みんなも悩んだら
「いつもいつでも不機嫌なわけじゃないでしょ?」と
自分に呪文をかけよう。

大丈夫、そんなに
怒る機会が多くてもね。

子どもはお母さんを
お父さんを
愛しているから。

許してくれているから。

そこに甘えても
いいんじゃないだろうか。