こどもたち優先にした結果の幸せ

なんとなく、ここ数日で過ごし方が変わってきている。

優先は子どもたち。

まずは子どもたちを満たすことから考える。

※あ、朝食食べさせるとか、歯磨きさせるとか、やらせなきゃいけないことに関しては別だけど笑

公園三昧

長女が熱性痙攣持ちなのもあり、なんとなく、外で遊ぶと疲れるんじゃないかと思っていた。

そのため、今日はやめようと何度も言って、お昼ごはんは必ず家で食べていた。

でも、それをお弁当にして、公園で食べることにした。

息子が早帰りのときは、お弁当持って公園で食べて、一遊びしてから帰ることに。

ピクニックシート広げて。

息子の帰りが通常の場合はおやつを持っていく。

すごくすごく綺麗な景色。

こんなに素敵な時間を過ごさせてもらえるなんて、私はなんて幸せなんだろうか。

色々準備するのは大変だけれど、慣れると案外楽なことに気付く。

お弁当なので、洗い物は減る。

夜寝るときも、ぐっすり眠れる。

娘も息子も私に「遊んでもらえた」と思うのか、ニコニコしてる。

公園でずっと起きていた次女が寝ているすきに夕飯作りができる。

もみじの落ち葉をパラパラと上からかけてやるときゃっきゃっと喜ぶ次女。

ゆっくり過ごす

そういう生活を数日続けてみたら、なんだかイライラする時間が減っている。

「今」を大事にできてるなぁと思う瞬間が何度もある。

余裕があるというのか。

かわいい手に綺麗な朱

息子や娘の「イライラ」にもさらっと付き合えている自分がいる。

まぁ、たまに激情することもあるのだが。

今までは引きずっていたのに、その感情を引きずらなくなっている。

やはり、今はここを大切にしよう。

満たしても有り余る

息子や娘を満たすことに時間を使うと、自分の時間がなくなるよなと思っていた。

でも、やってみたらそんなことはない。

公園行ったって、数十分でブログは書ける。

お弁当にした分、洗い物が減ったから、その分時間が浮いてきた。

子どもたちが満足しているから、家にいるときに「これとこれ、やるまでは母ちゃん一人でいさせてね」と言ったらさせてくれる。

限られた時間で色々やるから、はかどる笑

こんなに効率がいいとは思ってなかったな。

表現することだけなら、これくらいの時間配分で十分なんだな。

母であり表現者である

やはり、私は母ちゃんなんだ。

母ちゃんであることからは逃れられないんだ。

こどもたちは、母ちゃんと遊びたいんだ。

できるだけその時間を大切にしながら、わたしの時間も確保する。

表現者で居続ける。

それでいいんだ。

お弁当、おいしいね。

「当たり前」が幸せ

そう言えば、私にとったら久しぶりのごほうびな言葉があった。

「母ちゃん公園連れてってくれてありがとう。」

「母ちゃんお弁当おいしかったよ。ありがとう。」

当たり前だと思ってたことが、こんなに嬉しいなんてね。

自然のなかにいると「今」を大事にしようと思える。

自然とふれあう時間、これからも大切にしよう。