子育てにつきものなのは、心配。でも、そのイメージを変えると全く違う結果が見えてくる。

こんにちは。西村です。

帰省している間って、特に何もすることがない・・・なんて思います(^^;)

それでも帰省するのには理由があります。

 

それは、「元気な顔を見せる」ことです。

 

普段、離れていると、元気かどうかなんてわかりませんよね。離れているから不安になったり、心配したりするんです。

まあ、側にいても、心配するものは心配するんですけどね。

 

しかし、顔を見れば、一目瞭然で元気か、そうでないかなんてわかるわけですよね。

だから、私はお金がなくても、何しても帰って、顔を見せて、また家に戻る・・・それを繰り返します。

だって、自分が親だったら、本当は側にいて、元気な姿を側で見ていたいもの。

 

これって、子育てに置いてはついて回るものだと思うのです。

 

子どもが側にいても、側にいなくても、何かがあれば「心配」しますよ。

それって、仕方がないことです。心配することで、子どもが何もなければ、ホッとします。そのホッとした瞬間、生きた心地がする・・・とでも言っていいでしょうか?

まあ、これは想像の範囲内でしかありませんけどね。私はまだ子育てしたことがありませんから。

 

でも、親なら、「心配」という感情があって、当たり前ではないかな?と思うのです。

 

よく、「心配は虐待だ」って言います。しかし、それの意味はきっとこうではないかな?と思うのです。

 

心配することは、安心して見守ることだ

 

言葉上、「心配する」って書いてしまうと、イメージが「大丈夫かな?」とか、「うまくできないんじゃないかな?」とかっていう、ネガティブなイメージですね。

しかし、「心配する」の本当の意味はポジティブなものなんじゃないかな?って思います。

というのも、心配する=子どもの安定を願うことだからです。

子どもが安全に、健康に育つことを願っているからこそ、「心配する」んですよね。

だからこそ、ここでは、ネガティブなイメージで心配するのではなく、どうやったらうまくいくの?どうしたら、大丈夫になるの?という意味で、心配してあげてほしいなと思うのです。

 

って、何を書いているのかわからなくなってきましたが、とにかく言いたいのは、心配するの意味は、ポジティブに考えてもらいたいということです。

 

イメージ1つ変わるだけで、同じ言葉でも、違う物に変わります。

ぜひ、皆さんも、イメージの転換、やってみてくださいね。

それでは、また。

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